後悔しない特許事務所選び

日本全国には、実に約5,000もの特許事務所が存在します。これだけ数が多いと、どの事務所を選べばよいのか、迷ってしまうのも無理はありません。しかも、特許事務所はそれぞれ規模や雰囲気、業務内容、評価制度、将来のキャリアパスに至るまで千差万別。事務所によってまったく違うと言っても過言ではありません。

だからこそ、慎重に選ぶ必要があります。何を基準に選ぶべきなのか、どんな点に注目すべきなのか――ここでは、特許事務所を選ぶ際に知っておきたいポイントや、後悔しないための考え方について、わかりやすく整理してご紹介していきます。ぜひ参考にしてください。

場所と規模

特許事務所を選ぶうえで、まず最初に検討したいのが「場所」と「規模」です。この2つは非常に現実的なポイントでありながら、見落とされがちな基礎でもあります。

まず、場所。
毎日通うことになる職場ですから、無理なく通勤できるかどうかは非常に大切です。特に首都圏では、通勤に1時間以上かかるケースも少なくありません。移動時間が長くなると、それだけで体力も時間も消耗してしまい、仕事のパフォーマンスにも影響します。最近ではテレワークを取り入れている事務所も増えてきましたが、それでも全く出社しないという職場はまだまだ少数派です。定期的な出社が必要な場面は必ず出てくるため、「無理なく通える場所にあるか」は、しっかり確認しておくべきポイントです。

そして、規模。
事務所の規模は、安定性や制度の充実度に直結します。大規模な事務所であれば、複数の案件を抱える体制が整っており、教育制度や福利厚生、分業体制なども比較的しっかりしています。また、経営基盤が安定しているところが多く、長く働きたいと考える方には安心材料になります。

一方で、中小規模の事務所にはアットホームな雰囲気や、幅広い実務経験を積める環境が整っている場合もあります。自分のキャリアプランや働き方のスタイルに合わせて、規模感を見極めることが大切です。

分業制か一貫制か

特許事務所を選ぶ際には、「分業制か一貫制か」という点も非常に重要な判断材料となります。これは実際に入所してからのキャリアの広がりや専門性の深まりに大きな影響を与えるからです。

知的財産の実務は、大きく分けて以下の3つの業務領域があります。

  • 国内(内内):日本企業が日本国内で特許を取得する業務
  • 内外:日本企業が外国で特許を取得する業務
  • 外内:外国企業が日本国内で特許を取得する業務

さらに、それぞれの領域で「出願業務」と「中間処理業務(拒絶理由通知に対する対応)」という流れがあります。つまり、知財の実務は、領域×業務の組み合わせによって、多くのバリエーションが存在するということになります。

この実務の進め方について、事務所によって大きく分かれるのが、「一貫制」と「分業制」の違いです。

一貫制を採用している事務所では、担当者が出願から中間処理まで、あるいは内内・内外・外内をまたいで一貫して業務を担うことができます。その結果、広い知識と経験が自然と身に付き、仮に将来転職することになったとしても、柔軟に次の職場を選びやすくなります。専門性の蓄積と応用力が養われるため、「つぶしがきく」人材として重宝されるのが特徴です。

一方、分業制の事務所では、業務が非常に細かく分かれており、「内内の中間処理だけ」「外国出願のフォローアップだけ」といった、特定の業務に専念する形が多く見られます。分業制の利点は、業務の効率性が高く、同じ作業を繰り返す中で精度やスピードが向上する点にあります。しかしその反面、担当範囲が限定されすぎると、長年働いても知識や経験が偏ってしまい、職場が変わった際に新しい業務に対応しづらくなる、というリスクもあります。

とくに注意が必要なのは、特許事務員(パラリーガル)の場合です。業務分担が細かすぎる事務所では、事務員が「書類のチェック」や「郵送物の管理」などのごく一部の工程のみを延々と担わされるケースもあります。これは専門性を身につける機会が乏しく、何年勤めてもキャリアとしての広がりを感じにくい状況につながります。

これはあえてたとえるなら、野球における選手の起用と似ています。たとえば、「外野も一塁も守れる強打の選手」はチームにとって非常に貴重な存在ですが、「一塁しか守れない選手」は、戦術の幅が限られるため、出番も減りがちになります。同じように、知財の実務においても、柔軟性や対応力のある人材が求められる傾向は強まってきています。

ですから、できるだけ多様な業務に携われるかどうか、その環境が用意されているかどうかは、事務所選びの際にぜひ確認しておきたいポイントです。一つの分野に特化したい場合でも、ある程度の選択肢や広がりがあるほうが、将来の可能性はぐっと広がります。

所長の考え方に共感できるか

特許事務所を選ぶうえで、意外と見落とされがちなのが、「事務所の規模」と「所長の考え方」です。この2つの要素が、その事務所の働き方や雰囲気、そして将来のキャリア形成に大きく影響することは、あまり知られていません。

特許事務所の規模は、所員1~2名の個人事務所から、50名~100名を超える大規模事務所まで、非常に幅広く存在します。そしてこの規模の違いがもたらす影響は想像以上に大きく、働く環境、教育体制、待遇、福利厚生、IT化の進み具合など、あらゆる点に現れます。

たとえば、小規模な事務所では、業務フローが柔軟な分、自分の裁量で動ける自由さがある反面、業務の属人化や教育体制の不備、待遇の個別性などが課題になることも。また、所長と一日中同じ空間で仕事をすることが多いため、その人のパーソナリティとの相性が働きやすさに直結します。穏やかで柔軟な所長であれば居心地のよい職場になりますが、逆に癖の強いタイプや、旧来の価値観にこだわる所長だと、日々の業務にストレスを感じてしまう可能性もあります。

一方、中規模~大規模事務所では、一定の組織体制が整っており、労働環境や制度面は安定している場合が多いです。ただし、組織が大きいぶん、所長と直接話す機会はほとんどなくなるかもしれません。しかしその分、所長の考え方は職場全体の方向性や制度設計、評価基準、働き方の方針などに大きな影響を与えています。つまり、顔は見えにくくても、所長の考えが働きやすさに反映されているのです。

また、規模が大きいからといって、必ずしも安心というわけではありません。大規模事務所でも所長の理念が一部に偏っていれば、評価や処遇に偏りが生じる可能性もあります。逆に、小規模事務所でも所長がバランス感覚に優れ、職員を尊重する方針であれば、安心して働ける環境が整っていることもあります。

結局のところ、「この事務所で自分が長く安心して働けそうかどうか」は、所長の考え方に自分が共感できるかどうかにかかっているといっても過言ではありません。求人広告だけでは読み取れない部分だからこそ、面接や事務所訪問の際には、可能な限り所長の人柄や考えに触れ、職場全体の雰囲気を感じ取ってみることをおすすめします。

公平なマネジメント体制かどうか

特許事務所を選ぶ際に、もうひとつ見逃せないのが「案件の分配やマネジメント体制の公平性」です。

せっかく良い職場に入っても、特定の人に仕事が集中してしまい、疲弊するばかりでは長く続けることができません。逆に、仕事をあまりしていないのに「忙しそうに見える人」や「よく発言する人」ばかりが評価されるような環境では、不公平感が生まれ、やる気も失われがちです。

近年では、こうした問題を防ぐため、手持ち案件の数や処理状況、案件ごとの負荷などをコンピュータ上で可視化し、管理・評価に活かしている事務所も増えています。これにより、業務の偏りを早期に発見し、負荷を公平に分散することが可能になります。

特許の仕事は基本的に個人プレーの積み重ねですが、チームの一員として評価されるためには、こうした「見えにくい実績」が正しく評価される仕組みが必要です。特に、内向的で自己アピールが苦手な方にとっては、実力がきちんと報われる環境であるかどうかが、安心して働ける大きな要素となるでしょう。

働き続けやすい仕組みがあるかどうか

転職先を選ぶ際、最初はどうしても「仕事内容」や「給与」に目が向きがちです。しかし、本当に長く安心して働ける職場かどうかを見極めるには、「働き続けやすい仕組み」があるかどうかが重要な視点になります。

たとえば、残業時間が少ない職場は、それだけで魅力的に感じられるかもしれませんが、それは単に「残業禁止にしているから」だけではありません。実は、限られた人員で無理に業務を回していない=適切な人員配置がされている証拠でもあります。つまり、経営やマネジメントの体制がしっかりしており、現場の負荷をきちんと把握して調整しているという裏付けなのです。

また、産休・育休の取得実績が豊富な事務所は、それだけでなく、取得後に復職して活躍しているスタッフが多いかどうかもあわせて確認することが大切です。単に制度があるだけでなく、制度が実際に機能している職場は、長く働きたい方にとって非常に心強い存在です。

さらに、働くママさんが多い職場というのも、重要なチェックポイント。これは単に女性比率が高いということではなく、「仕事と家庭の両立がしやすい職場環境が整っている」ことの表れです。時間の使い方や勤務形態の柔軟性、周囲の理解がなければ、働くママさんが自然と集まることはありません。

さらに見落としがちですが、定年後に働き続けられるかどうかも重要な観点です。特許事務所によっては、60歳や65歳で明確に定年を区切っているところもあれば、スキルや健康状態に応じて継続的に働ける制度がある事務所もあります。実際に60歳を超えても働いている所員がどの程度いるかを事前に知っておくことで、将来の働き方のイメージがしやすくなるでしょう。

そして何より、60歳を超えてから70歳までの10年間というのは、思っている以上に長い時間です。この期間をどう過ごすかが、人生の総決算としてとても大切になります。仕事を通じて社会とのつながりを保ち、自分らしく生き続けるためには、年齢を重ねても安心して働ける職場を見つけておくことが、将来の安心感につながります。

「転職してもまたすぐに辞めてしまった…」ということにならないように、”働き続けやすさ”という視点でも職場を見極めてみてください。

年金制度の違いも見逃さないで

転職先の条件を見るとき、業務内容や給与、福利厚生ばかりに目が行きがちですが、「厚生年金に加入しているかどうか」は非常に重要なポイントです。

年金制度には、「国民年金」と「厚生年金」があります。フリーランスや小規模な個人経営の事務所では国民年金しか用意されていないこともありますが、その場合、将来受け取れる年金額はおおよそ月5万円程度にとどまります。

一方で、厚生年金に加入していれば、平均で月14.5万円程度(※厚生労働省「令和3年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」より)を受け取れる可能性があります。さらに、現役時代に安定して厚生年金に加入し、弁理士資格もあって報酬もある程度高かった方であれば、月20万円~23万円以上の年金を受け取ることもできます。老後の生活において、この差は非常に大きなものになります。

若いときは「年金なんてまだ先の話」と思いがちですが、それは大きな誤解です。60歳を過ぎてから、「あのとき厚生年金に入っていれば…」と後悔することになりかねません。特に、転職先が厚生年金に加入しているかどうかは、人生100年時代を見据えたうえで、しっかりと確認しておきたい大切なポイントです。

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