60歳代の方へ

60歳代の方々は、キャリアの総決算の時期であると思います。長年にわたり実務経験を積み上げてきて、その最終段階として人生の目標を成し遂げるという大事な時期でもあります。そんな方々が新たな特許事務所に転職するとき、検討すべき事項をまとめてみました。

特許事務所は年齢不問

特許事務所では、年齢に関係なく、経験豊富な方々が活躍しています。実際、60歳を過ぎても、その知識やスキルを活かして、高い専門性を持ちつつ業務に取り組む方々が少なくありません。年齢が重要なのではなく、その人が持つ能力や経験が求められています。特許実務においては、技術に関する知識、法律的知識、コミュニケーション能力などが求められますが、それらは年齢には関係ありません。むしろ、長年の経験がある方が、さまざまな問題に対する洞察力や解決策を提供できる場面が多いのも事実です。特許事務所という職場は、年齢に関係なく、個々の能力や専門性を尊重し、その方の経験とスキルを最大限に活かせる環境であるといえます。

50代に動き始めるのも可

60代での転職を成功させるためには、早めの段階で準備を始めることが好ましいです。具体的には、50代のうちから準備を開始してもよいでしょう。なぜなら、転職活動にはそもそも時間がかかり、そこに年齢の問題も重なりますと、なかなか仕事が見つからないことがあるからです。

人脈を作りやすい現役のうちに、仕事のつながりを生かして特許事務所の人々とコミュニケーションを取り、人間関係を築いているだけでも、かなり違います。現役のときから、他の弁理士やスタッフとの交流を通じて、業界のトレンドや特許事務所の最新情報をキャッチアップし、60代の時期に備えておくとよいでしょう。

また、事前に特許事務所の社風やカルチャーを把握することで、自分が適応できる環境かどうかをあらかじめ把握することができます。さらに、踏み込んで、自分が働きたい特許事務所をリサーチし、ある程度の選定をしておいてもよいでしょう。自身の経験やスキル、興味関心に合った特許事務所を見極めることで、転職先との相性を高めることができます。

また、特許事務所の知財に対するポリシーや価値観が自分と一致しているかを確認することも重要です。言い換えれば、自分の仕事のやり方や理念が、新しい職場で受け入れられるかどうかを考慮することが必要です。このように、50代から積極的に転職に向けて行動を起こすことで、60代での転職活動をスムーズに進めることができます。

つながりの維持

60歳になって退職した後も、職場で築いたつながりを維持することは非常に重要です。しかし、定年退職後は会社のメールアドレスや連絡先にアクセスできなくなるため、以前と同じように簡単に連絡を取ることが難しくなります。

特に特許事務所側からの仕事の提案やアプローチがあっても、相手との連絡が取れないという問題が生じます。このような状況で役立つのが、LinkedInやFacebookなどのソーシャルネットワーキングサイト(SNS)です。LinkedInは職業に特化したSNSであり、特に海外では知的財産に携わるほとんどの人がアカウントを持っています。

SNSのアカウントがあれば、転職や定年退職をした後でも、LinkedInを通じて容易に元同僚や関係者と連絡を取ることができます。日本ではLinkedInの利用がまだ一般的ではないため、日本で人気のあるFacebookでも構いません。ただし、Facebookでは同姓同名の人が多く、目的の相手を見つけるのが難しい場合があります。そのため、特許事務所などの前職場や業界関連の情報をプロフィールに明記することで、自分を特定しやすくすることが重要です。

また、定年退職前にLinkedInやFacebookなどのアカウントを作成し、特許事務所の同僚や関係者とコネクションを築いておくと、退職後も連絡を取りやすくなります。こうしたSNSを活用することで、つながりを維持し、新たなチャンスを掴むことが可能となります。

つながりを十分に作らないまま、定年退職した場合でも遅くはありません。例えば、定年退職後でもいいので、LinkedInやFacebookなどのSNSアカウントを作成し、以前の同僚や弁理士とつながりを復活させることもできます。SNSを通じてコミュニケーションを取ることで、特許業界の最新情報を共有しながら、新たな関係につなげられるかもしれません。SNSでつながっていれば、特許事務所側からアクセスすることも可能になります。

実務経験の必要性

実務経験が60代での特許事務所への転職において重要な要素であることは言うまでもありません。実務経験がなければ、特許事務所の業務に適応することが難しくなるでしょう。しかし、逆に、実務経験がある場合、そのハードルは大幅に下がります。

知的財産の仕事は特許、商標、出願、そして訴訟がありますが、特許事務所における実務経験とは具体的に何を指すのでしょうか。特許事務所での実務経験とは、特許明細書の作成や特許出願の審査における中間処理(意見書や補正書の作成)のことを指すことが一般的です。特許明細書の作成には、専門的な知識や技術が必要であり、これを適切に行うためには長年にわたる経験が必要です。また、特許出願の審査における中間処理には、審査基準や意見書や補正書のノウハウにも精通していることが求められます。

さらに、企業の知的財産部での経験も特許の実務経験として考慮されます。企業の知的財産部では、特許の戦略的な管理やポートフォリオの構築、侵害訴訟の対応など、特許に関するさまざまな業務が行われています。これらの経験を通じて、特許制度や関連する法律についての深い理解を身につけていれば、特許明細書の作成などに生かせると思います。したがって、60代で特許事務所への転職を考える場合、これらの実務経験を積んできたことが大きなアドバンテージとなります。

職務経歴書に工夫を

職務経歴書は、あなたの専門性や経験、スキルを伝える貴重な資料です。特に、特許事務所への転職を考えている場合、実務経験に焦点を当てた具体的な情報を提供することが重要です。ここが一般的な転職と違うところです。

職務経歴書は、欠員が生じている技術分野やニーズとフィットするかどうかを判断できるものであることが必要です。ですから、勤務期間だけでなく、具体的な業務内容やそれに伴う成果、取り組んだ案件の規模や内容、そして獲得したスキルや経験を詳細に記述したほうがよいでしょう。

そのため、特許の実務経験に関する情報は、具体的で詳細なものであることが好ましいです。例えば、特許出願の実務経験者の場合、技術分野について、どのような分野に関わってきたのか、その分野での専門知識や経験をどれだけ持っているのかを明確に書きましょう。国内特許出願や外国特許出願の経験も、具体的な数字や期間を交えて記載しましょう。自分の強みや経験を的確に表現し、特許事務所でのキャリアにつなげるために、しっかりとした職務経歴書を作成しましょう。

推薦状よりも大切なもの

転職エージェントは、転職を支援する上で推薦状や面接指導などのサービスを提供していますが、特許事務所への転職においては、これらのサービスよりも実務経験の適合性のほうが重視されます。特許業界は専門的な知識と経験が必要とされる分野であり、そのためには特許事務所での業務に対してどれだけ対応できるかが非常に重要です。したがって、面接では自分を良く見せようとするのではなく、60代までに培ってきた経験や知識、そしてその経験から得た余裕や人柄を素直に示すほうがよいでしょう。

ブランクを作らない

ブランクを作らないことは、特に60歳以上の方にとって重要です。定年退職後、ゆったりとした生活を送りたいという気持ちも理解できますが、そのままのペースで過ごすと、後になってから再び職場に戻ることが難しくなるかもしれません。なぜなら、数年間のブランクがスキルや知識の劣化につながる可能性があるからです。

特許業界は常に変化しています。技術の進歩や法律の改正など、さまざまな要因が業界を影響します。そのため、ブランクがあると、最新のトレンドやニーズに対応する能力が鈍ってしまうかもしれません。また、ITやAIの進化によって仕事のやり方が大きく変わる可能性もあります。例えば、コロナ禍でオンライン会議が急速に普及したように、新しい技術やツールの導入に追いつく必要があります。したがって、60歳以上の方は、なるべくキャリアにブランクを作らず、常にスキルや知識をアップデートし、変化に対応できる柔軟性を保つことが重要です。

不採用になっても落胆しない

不採用になることは、確かに落胆するかもしれません。60歳以上の方の転職の場合、特殊の事情があり、それは人柄よりも、実務経験や技術分野が最も重視されることです。特許事務所が求めている欠員の事情とのフィットしない場合、不採用になるかもしれません。野球に例えれば、守備力のある外野手を探しているのに、打力のある内野手が来ても、獲得できないのです。

特許事務所の側でも、応募者の素晴らしい人柄や誠実さに惹かれつつも、欠員の事情から生じる必要なスキルや経験が合致しない場合、泣く泣く不採用の結論に至ることが多いです。ですから、不採用になったからといって、落胆する必要はありません。むしろ、他の特許事務所や業界での求人も探し、自らの可能性を広げることが大切です。不採用になることは、失敗ではありません。経験や分野が合わないだけなのです。なので、前向きな姿勢を持ち、次なる一歩を踏み出すことが大事です。